約 1,899,947 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2504.html
ディオはルイズによって召喚された。だが、彼は四系統のいずれにも当て嵌まる覚えはなかった。 ディオは自らが召喚された理由を考えるが、その間にも運命の歯車は回り続ける。 おれは使い魔になるぞジョジョーッ! 第五話 朝食の席で特筆するような事はなかった。食堂に入ろうとするディオをルイズは物陰に引っ張り込み、 使い魔が食堂に入れる事自体が特別なんだから床で十分だと説明した。 そして床に皿を用意してやるからさっきの自分に対する態度を謝れば食べさせてあげない事もないと言ったが、 ディオは憎々しげな視線をルイズに向けると黙って立ち去った。 朝食が終わり(何故か今日の)、授業の為に教室へ行くと、いつの間にかディオが後ろを歩いていた。 大学の講義室のような教室に入るとすでに教室に入っていた生徒達から囁きが漏れる。 ルイズの召喚した前代未聞の平民の使い魔にみな興味津々なのだ。 そんな教室の様子にも我間せずといったかんじで入るとディオはルイズの隣に座ろうとした。 それを制止し 「あんたの席はここじゃないわ。ここはメイジの席。使い魔は…」 と言いかけたところでルイズは先程の出来事を思い出した。床に座れなどと言おうものならまたディオに殴られるか 黙って教室から出ていってしまうだろう。しかも今回は衆人監視の元で。 そうなったら恥ずかしい処の話ではない。使い魔も満足に御せないダメルイズ、やっぱりゼロはゼロだったと 嘲笑雑じりに馬鹿にされるのは目に見えている。 そこでルイズは―――使い魔と同じく剛巌不遜な態度に徹する事にした。 だがルイズは知らない。自分が無意識のうちにディオに恐怖していたという事を。 教室の先客にはキュルケもいた。キュルケの周りには何時も通り男生徒達が群がっている。 だが本当になかった事にしたのか、あるいはプライドが傷つくと考えたのかフレイムを蹴られた事を言い触らすつもりはないらしい。 それどころかディオと目線が合うとウィンクをする始末であった。 そんなキュルケを無視し、慣れた様子で『椅子に』座り、周りを見渡すディオ。 成る程、使い魔にも色々とあるらしいな。蛇や蛙、昆虫といった中にキュルケのサラマンダーをはじめとしてお伽話にしか 出てこないような動物がちらほらと見える。 だが、あいつらは全てジョジョのペットであったダニーと同じように主人の顔色を窺うようなゴミ以下の奴らでしかないッ! メイジ共は自分に都合良く動くように洗脳しただけのそれを友情とごまかしているだけなのだ! そうして暫くすると中年の優しそうな風貌をした女性が入ってきた。どうやら彼女が教師らしい。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、 様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 と、ここで野次が飛ぶ。 「先生!一人その辺を歩いている平民を召喚しちゃって失敗した人がいます!」 小太りの生徒、マリコルヌだ。それにつられて爆笑する生徒達。 シュヴルーズはそれを睨むとルイズの方を向き、ディオをしげしげと観察する。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 その間の抜けた発言と皆の笑いに気をよくしたのかマリコルヌは更にルイズを馬鹿にし、ルイズの応戦に挑発する。 そのやり取りはシュヴルーズがマリコルヌ他の口に赤粘土を貼り付けて口を封じるまで続いた。 その間ディオは表情一つ変えず、まるで自分は全く関係ないかのように一連の騒ぎを冷ややかに見つめていた。 「私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです。」 生徒達には今更の話題であるらしく、あまり真面目に聞いていないが、ディオは熱心に聞いていた。 この世界では当たり前の事であるが、ディオにとっては初めて耳にする事ばかりである。 この先この世界で暮らしていく以上、どんな些細な事でも知っておく必要がある。 だが系統の話を聞いているうちにディオには一つの疑問が湧いてきた。『何故おれは召喚されたのか』という事である。 シュヴルーズの話では、使い魔は主人であるメイジの系統に沿ったものが召喚されるらしい。 だがディオには今の四つの系統に当て嵌まるような覚えはない。 主人の系統を知っておく事は大切かもな。そう考えるとディオは熱心に授業を聞いているルイズに尋ねる事にした。 横目でみるとシュヴルーズはどうやら石ころを錬金術で変質させたらしい。キュルケが身を乗り出して質問をしているが、 あまり興味は引かない。魔法や空想の生き物が存在しているのだ。錬金術くらい存在して当たり前である。 「ルイズ、少し聞いてもいいかい?」 「なによ」 ディオは小声で隣のルイズに尋ねる。 「さっき聞いたところ四つの系統が存在しているらしいが、君はどの系統なんだい?」 「…うっさい」 と、ルイズは表情を暗くすると呟く。 「主人の系統を知りたいのは普通だろ?まさか『虚無』の使い手なのかい?」 「うるさいって言ってるでしょ!?」 突然ルイズが怒鳴る。シーンと静まり返る教室。憮然とした顔付きをしているディオが ふとキュルケを見るとやっちゃったなというジェスチャーをされた。 「ミス・ヴァリエール!私にむかって煩いとは何事ですか!」 「あ…いえ…その…違…」そして盛大に勘違いをする教師。自分の話に熱中していて前後を聞いていなかったらしい。が、 「そこまで自信があるのであれば、あなたがやってみなさい!」 途端にざわめきだす教室。中には早々と机の下に潜り込む者もいる。 「先生、ルイズは止めておいた方がいいです!」 誰かが言う。 「どうしてですか?」 「あまりにも『危険』だからです!」 ルイズ以外の顔を出している生徒全員が頷く。 「な、なんなら私がやります!」 とキュルケ。しかし 「だが断る。」 容赦なく死刑宣告は下された。 「このシュヴルーズの好きな事はできないと思われている生徒に成功させることよ。 しかもミス・ヴァリエールには今回自信があるみたいです。あらゆる機会を捉えて生徒を成長させるのが教師の務めなのですよ。 さあ、やってみなさい」 今度こそ我先にと机の下に潜り込む生徒達。後ろで待機している使い魔を呼び寄せる生徒もいる。 ディオも周囲の危険を察知してゆっくりと机の下に潜る。 ルイズはそれらを横目に暫く逡巡していたが、やがて意を決すると教壇へと足を進めた。 「さあ、錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 必死に連想するルイズ。その顔は美しいが悲しいかな、それを見ているのはシュヴルーズだけである。 次の瞬間、石と教卓が物凄い音を立てて爆発した。使い魔や生徒達の悲鳴や祈りの言葉が教室内に充満する。 グラウンド・ゼロにいたルイズはひっくり返って気絶しているシュヴルーズを見、頭に手を当てた。 「てへ、ちょっと失敗しちゃった」 その場にいた全員から突っ込みを入れられたのは言うまでもない。 先生が気絶してしまったので残りの時間は休講となり、ルイズは罰として教室の掃除を行う事になった。 そしてディオはルイズの文句を聞き流しながらルイズが『ゼロ』と呼ばれている事を理解し、今の出来事について考えるのであった。 to be continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1052.html
ルイズ達が本塔に着いた時、フレイムと森から先に戻って来ていたシルフィードが既に戦っていた。 シルフィードが炎を吐き、フレイムが体当たりを繰り返す。二匹の攻撃に『そいつ』は成す術が無く、一方的にやられている様に見えた。 「なんだ、別に大した事無いじゃない。」 キュルケが構えていた杖を下ろしながらそう言った。 確かに近くにいた者の魂を入れ替える魔法など聞いたことないが、『そいつ』はそれ以外には何も出来ず、物理的な力も無いようだった。 「フレイム!もうとどめを刺しちゃいなさい!」 「とどめ」 キュルケとタバサが各々の使い魔に命令した。 フレイムが前から突っ込み、シルフィードは後ろから尻尾をたたき付けた。 前後から同時に打撃を受け、『そいつ』の左腕の肘から先が吹っ飛び、右足ももげ、上半身と下半身が両断された 呆気ないが終わった、と五人は思った。上半身と下半身が両断されているのだ。『生物』ならば生きてはいるまい。『生物』ならば… その頃になってギーシュが漸く本塔の近くに来た。 「ハァハァ…マリコルヌめ…少しは痩せとけよ…」 マリコルヌの身体はお世辞にも運動には向いているとは言えない。そのため一人遅れていたのだ。 皆の方を見ると、五人共構えていた杖を下ろしていたし、遠目にも確認出来たフレイムの炎も見えなくなっていた。 「なんだ…もう終わったのかな…」 ギーシュが歩み寄ろうとした時、パキッと小さな音がした。ちょっと驚いて足元を見ると矢のようなものを踏み付けたらしかった。 「なんだ、これ?」 ギーシュは魅せられたかの様に屈んでそれを拾い上げた。 その瞬間 ガシィッ! 「ひッ!」 右足首を何者かに掴まれた。 目の前の『そいつ』はバラバラになっても、残った右腕を器用に使ってどこかへ行こうとした。 それを見たタバサは呪文を唱えると杖を振り、氷の矢で『そいつ』の身体を地面に固定した。 「これで動かない。」 タバサはそう言った。 身体を焼いたり、バラバラにしても死なないのには驚いたが、逃げないようにすれば問題は無いだろう。 急いで『そいつ』を殺し、元に戻る方法を(少なからず喜んでいる例外が三人いたが)見つけねばならない。 監視を二匹に任せ、五人が相談しだしたその時だった。 バキバキバキバキッ 何か硬いものが折れるような音がした。 「きゅ、きゅるきゅる!」「きゅいきゅい!」 フレイムとシルフィードが怯える様に鳴きだした。 その鳴き声に五人が振り向いた瞬間、黒い影が五人の間を駆け抜けて行った。 「な…ああ?」 それはばらばらにしたはずの『そいつ』だった。 いつの間にか上半身と下半身、そして右足がくっついており、今までとは打って変わって敏捷な動きでまた違うどこかへ向かって走りだしたのだ。 そして『そいつ』が向かった先には矢を手にしたギーシュがいた。 「な、なななんなんだよ!この腕ェェェ!!?」 ギーシュは自分の右足首を掴んでいる黒い腕を見て絶叫した。 足を思いっきり振って払おうとしたが、雨でぬかるんでいた地面に足を滑らせ転倒した。 更に腕はますます強い力でギーシュの右足首を絞めだした。 「い、痛い、痛いッ!だ、誰か…!ワ、ワルキューレ!」 ギーシュは手に持った薔薇を振ると三体のワルキューレを作り出した。 「ワルキューレ!この腕を引きはがせ!」 ワルキューレ三体を使い自分の足首を締め付ける腕を引きはがさせようとした。 だが、ワルキューレを出すタイミングが遅過ぎた。 バキバキバキ…! 腕はギーシュの右足首を完全に粉砕してしまった。しかしなお腕は粉砕した足首を締め付けた。 「ギャアアアアアッ!」 ギーシュは痛みと恐怖の余り再度絶叫した。 「ワ、ワルキューレ!早くするんだ!早く!」 ワルキューレに再度指令を出した。 やがて三体のワルキューレは漸く腕を引きはがした。 「た、助かった…」 ギーシュはホッとした。 しかし、彼はその一言を最後に喋る事は出来なくなってしまった。 彼の喉を黒い右手が貫いていた。 「ギ、ギィィィィィシュ!」 マリコルヌが叫んだが、もうその言葉はギーシュに届くことは無かった。 目の前にあるギーシュ、いや、マリコルヌの肉体はもはや原型を留めておらず、肉の塊としか言いようがなかった。 ルイズやキュルケは直視できず、目を背けた。タバサもショックを受けていた。コルベールは教師でありながら生徒を守れなかった己を責めた。 (何故私は彼を一人置き去りにしたのだ…彼を一人にしなければ…!!) 「ギーシュ…仇は僕がとってやるからな…!」 マリコルヌは涙を拭くと『そいつ』の向かった方へ一人で追い掛けだした。 「ま、待ちなさい!」 コルベール達もその後を追った。 「うぁぁぁッ!」 マリコルヌは杖を振り回しながら突進して行った。 「エアハンマー!」 空気の塊が『そいつ』に衝突し、『そいつ』は地面を転がった。 「とどめだッ!」 マリコルヌが杖を振り上げた時、その手をコルベールが掴んだ。 「落ち着きたまえ!」 「嫌です!離して下さい!!あいつはギーシュを…!」 「無駄」 ポン、とタバサがマリコルヌの肩を叩いた。 「な…」「どういう事かね?」 「あいつはさっきバラバラにしたのに今じゃピンピンしてるのよ?またバラバラにしてもまた戻っちゃうでしょうね。」 キュルケがタバサに代わって言った。 「焼いても無駄、バラバラにしても無駄。じゃあどうしろと言うんだ!」 「だーかーらー、それを探さなくちゃならないんじゃない。まだ殺せないなんて決まった訳じゃないんだしね。」 「…分かったよ…」 マリコルヌが渋々頷いた。 「待って…何か変じゃない?」 ルイズがいきなり言い出した。 「変?何が?」 「あいつ、なんでいきなりギーシュに向かって走りだしたの…?それに何か変わってない?なんかさっきと…」 全員ハッとした。考えてみれば、何故いきなりギーシュを殺したのか、その理由がはっきりしないのである。 「ギーシュは何かをしたから殺されたんでしょうけど…一体何で…」 「矢。」 全員がタバサの方を見た。 「どういう事?タバサ」 「殺す前左腕ごとなかった。けど持ってる必要は無いのにまた持ってる。」 ルイズはハッとした。確か召喚した時、矢は何故かあいつの方に転がっていった。ならば、矢が何らかのヒントなのかもしれない! 「矢…あれを奪えばいいのか?」 タバサはふるふると首を横に振った。 「奪えば殺される。ギーシュみたいに」 う、とマリコルヌは呻いた。ギーシュはきっと何も知らなかったんだろう。だが、彼の(肉体は自分のだが)お陰で多少ながら倒す方法も見えてきた。 「じゃあ破壊すればいいんだな?」 「それもちょっと違うみたいよ。」今度はキュルケが答えた。 「何で分かる?」マリコルヌが食ってかかった。 「これを見て。」 キュルケはシルフィードの尻尾に出来た痣を指差した。 「この子、炎を吹き掛けてたんだけど、どうも矢の形の痣があるのよ。」 きゅいきゅい…とシルフィードが痛そうに鳴いた。 「つまり、矢を攻撃しても無駄。」 「~!!」(これじゃあギーシュの仇を取れないじゃないか!) マリコルヌは頭を抱えた。 だが、ただ一人、四人とは違うものに注目した者がいた。それは桃色のブロンドの長髪を持つ少女、ルイ…じゃなかった。コルベールである。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2488.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 「ごめんなさい。学院長は不在なんです。」 3度目になる学院長室の前でミス・ロングビルは申し訳なさそうに教えてくれた。 ルイズを授業に送り出した後、学院長を訪ねて来た康一だった。 それもそうだよなぁー。学院長っていうからには相当急がしいんだろうし。 「それじゃあ、しょうがないですね。また今度来ます。」 「待ってくださいな。」 退出しようとする康一を、ミス・ロングビルが引きとどめる。 「なにか相談したいことがあったのでは?たとえば・・・『スタンド』・・・のことですとか。」 なんでこの人が『スタンド』のことを知ってるんだァー!? 「ななな、なんでそのことを!?」 正直動揺した。やはり『スタンド』のことが広まってしまうのはまずい気がする。 「隠さなくても結構ですわ。実はこっそり聞き耳を立ててましたの。」 口を手で隠して、ごめんなさいね、と笑う。 まいったなぁ・・・。康一は頭を掻いた。こうしれっと言われると追求しようがない。 まぁオールド・オスマンの秘書なんだから悪い人ではないだろう。 「しょうがないなぁー。いや、実はぼくの故郷のことについて何か分かったことがないか聞きにきたんですよ。」 ミス・ロングビルはしばらく考えていたようだが、やがて首を横に振った。 「そのような話は伺っていませんわ。でもオールド・オスマンだけでなく、ミスタ・コルベールも文献などを漁っておられるようですから、そのうちきっと見つかりますわよ。」 「そうですか・・・」 やはり杜王町に帰るのはまだまだ先のことになりそうだ。というよりも、帰ることができるのだろうか。 康一は肩を落とした。 がっかりした様子の康一を不憫に思ったのかもしれない。 ミス・ロングビルはちょうど休憩するところだったから、と康一をお茶に誘った。 ミス・ロングビルに薦められて、康一は応接用の椅子に座った。 ここに座るのは3度目だが、そのとき向かいに座っているのはオールド・オスマンやミスタ・コルベールだった。 今はミス・ロングビルが座り、淹れたての紅茶を出してくれる。 綺麗な人である。おしとやかな物腰だが、どことなく影があって、キュルケとはまた違う意味で大人の女性という感じがする。 最近美人に縁があるなぁ。と思う。 由花子さんと知り合う前なら、多分もっと舞い上がっていただろう。 ティーカップに手を伸ばす。立ち上る湯気からは紅茶の華やかな香りがした。お茶に詳しくはないが、きっといい茶葉を使っているのだろう。 「そういえば、故郷のことを聞きにいらしたんですよね?」 「ええ・・・まぁ。」 ミス・ロングビルと目が合った。 「故郷に、帰りたいですか?」 「・・・ぼくを待ってる人がいるんです。いきなりいなくなったからきっと心配してます。」 「恋人かしら?」 冗談めかして笑うロングビルに康一は頷いた。 「まぁ、恋人もそうですね。でも、家族や友人も。」 「そう・・・。大切な場所なんですね・・・。」 ロングビルは康一を見つめた。 いや・・・。康一は思った。 彼女はぼくを通してどこか遠くを見ているような気がする。 「でもロングビルさんにも故郷があるでしょう?」 ミス・ロングビルは一瞬だけ胸を突かれたような顔をした。 「・・・・いえ。私の故郷はもうないんです。ですからあなたが少しだけうらやましいですわ。」 少しだけ寂しげに笑った。ティーカップを静かに傾ける。 故郷がない?彼女の故郷には何かがあったのだろうか。 しかし聞いていいものかも分からない。康一は黙り込んだ。 康一の困惑を察したのだろう。ミス・ロングビルは明るい声で言った。 「でも、大切な場所は今でもありますわ。いつどこで何をしていても、心はそこに置いている。そんな場所です。」 康一は心から嬉しそうに笑った。 「よかったぁ~。帰る場所がないなんて寂しすぎますもんね!」 ロングビルはふっと息を吐いて、微笑んだ。 そして、ソーサーをもつ康一の左手を見た。 「そのルーンのこと、ご存知ですか?」 康一はティーカップをテーブルに置いた。 「いえ、よくは知らないんですが。なんだか変なルーンなんです。武器を持つと光ったりして・・・」 康一は自分が経験したことを話した。武器を握ったらルーンが光りだして体が軽くなったこと。『スタンド』のパワーも上昇したこと。 「『スタンド』というのも不思議な能力ですね。魔法とは違うのですか?」 「ええ、多分。・・・まぁ、実は自分でも『スタンド』が何なのか良く分かってないんですけどね。」 超能力、としか言いようがない。こっちの『魔法』は多分系統だった研究がされているのだろうが。 「『スタンド』のことは分かりませんけど、その『ルーン』のことは少し分かりますわ。『ガンダールヴ』と読むそうです。」 ミス・ロングビルは説明した。 ガンダールヴとは、ハルケギニアに系統魔法を伝えた虚無魔法の使い手『始祖』ブリミルの使い魔の一人である。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 という歌が残されているという。 そして康一の左手に刻まれているのはそのガンダールヴのルーンと非常に似ているらしい。 「『始祖』ブリミルってここでは神様みたいに言われてる人ですよね。ぼくがその使い魔?」 実感がわかない。というか、自分に関係ある話とは到底思えない。 「ええ。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。私たちメイジの始祖。そして彼の使い魔『ガンダールヴ』は歌にあるように武器を扱うのに長けているといいますわ。その『ルーン』の効果と合致するんじゃありません?」 「じゃあ、ぼくを召喚したルイズが『虚無』の使い手ってことですか?」 「さぁ・・・さすがにそれは信じがたいのですが・・・」 ルイズは俗に言うと『落ちこぼれ』である。神聖視されている『始祖』と同列に扱うのは抵抗があるのだろう。 康一は考えたが、正直話が大きすぎてよく分からなかった。 「このことはルイズには黙ってたほうがいいですね。」 「ええ。オールド・オスマンもミス・ヴァリエールがこれを知ったら変に気負うのではないかと心配していましたわ。」 そして、「本当はコーイチさんにも言わないつもりだったみたいです。だから私が話してしまったのは内緒ですよ?」と片目を閉じた。 学院長室を退室したあと、康一は学院の廊下を歩きながら考えた。 あの話は本当のことだろうか。もしかしてからかわれたのではないだろうか。 ここ数年非日常的な生活を送ってきた康一にしても、短期間にあまりにいろいろなことが起こりすぎていた。 明日になれば、杜王町の自分の部屋で目がさめるのでは、とまで考える。 でも、このルーンが『ガンダールヴ』だったとして、なぜぼくがそんな大層なものに選ばれたんだろう。 「呼び出されたのが承太郎さんみたいな人だったら誰だって納得するんだろうけどなぁ。」 夜。 ハルケギニアの双月が照らす薄闇の世界。 学院の本塔の壁に垂直に立つ人影があった。 足の裏で外壁に張り付き、垂直のまましゃがみこむと、コツコツと壁を叩く。 「さすがは噂に名高い魔法学院。壁の厚さも並じゃないわねぇ。」 夜風になびく、長い長い髪。 彼女は、二つ名を『土くれのフーケ』。ハルケギニアにおいて、大胆不敵な犯行で名の知れた盗賊である。 しかし、警備の厚い貴族の屋敷は狙っても、盗みやすいであろう平民の家を襲うことはないので、一部平民からは『義賊』と呼ばれて密かに人気が高い。 そんな彼女が今狙っているのは、魔法学院の宝物庫に眠るという『弓と矢』である。 弓矢は魔法という強力な戦力があるハルケギニアでは大した価値はない。だが以前オスマンがぽろりと漏らした、『弓と矢』の『言い伝え』に興味を引かれたのだ。 酒場に行けば掃いて捨てるほどある、くだらない与太話の一つのように思えるその『言い伝え』。 だが、魔法王国トリステインで、『賢者』と目されるオールド・オスマンと彼の学院がそれを宝物庫にしまいこんでいることが、信憑性を裏打ちしていた。 「あのハゲ。この壁は物理衝撃には弱いだなんてよく言えたもんだ。」 フーケは計画もなしに盗みに入るような盗みはしない。事前に情報を集め、弱点を見極め、そこを一気につく。 だから今まで捕まらずにこれたのだ。 この魔法学院への盗みも、鉄壁といわれている魔法学院の宝物庫の弱点を探すため、内部に潜入してもうどれくらいになるだろうか。 ジジイに尻を触られながらもお宝のために耐えてきた。 そしてようやく、教師の一人からこの宝物庫唯一の弱点を聞き出したのだ。 だというのに、唯一の弱点のはずの物理的衝撃に対する耐久性すら、王宮の城壁並みなのだ。 自分の力を全力でぶつけても破れるかどうか・・・。 だが、錬金などといった他の手段で破るのは不可能だ。 「できるかどうか分からないとしても、やるしかないね。」 セクハラに耐えるのも我慢の限界だ。 フーケは詠唱と共に杖を振るった。 眼下の地面が集まり、盛り上がる。みるみるフーケのいる宝物庫外壁の高さまで大きくなったときには、巨人のような人型の土人形ができあがっていた。 土人形――ゴーレムの肩に飛び乗る。牛も軽く握りつぶせそうな大きさの拳を鋼鉄に錬金した。 「さぁ、伝説の『弓と矢』。この『土くれ』のフーケがいただくとしようかね!!」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/592.html
空賊! 使い魔と婚約者の狭間で 双月が重なる夜。 空は星々と月により完全な黒には染まらず、物静かで悲しげな蒼をしていた。 船は夜空を飛ぶ。風の魔力を込められた風石を動力源にして。 ワルドが船長に用意させた客室で、ルイズは椅子に座り込み身をすくませていた。 キュルケやギーシュ達は無事だろうか? 仮面メイジが自分達を追ってきたという事は、フーケはギーシュ達を襲ったに違いない。 承太郎がいたからこそ勝てた相手、キュルケなら無理に倒そうとせずうまく逃げれたか? そして勝利の鍵であった承太郎は仮面メイジにやられて負傷している。 幸い船に逃げ込めたから仮面メイジが追ってくる事は無いが、これから乗り込むアルビオンにはまだまだ貴族派の刺客が待ち受けているかもしれない。 ルイズはマントの中にしまっているアンリエッタ姫の書状を抱きしめ、任務の成功と、仲間の無事を祈らずにはいられなかった。 しかしそれも今では難しい状況。 ワルドが船長から聞いた話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中であり王党派と連絡を取るには陣中突破しかないそうだ。 果たして――無事、ウェールズ皇太子に会えるだろうか。 翌日、いきなりもう無理っぽい雰囲気になった。 浮遊大陸アルビオン――通称『白の国』。 大陸の大河からあふれた水が空に落ちる際、白い霧となって大陸の下半分を包んでいる。 霧は雲となり大雨を広範囲にわたってハルケギニアの大陸に降らすのだ。 地球では見られない絶景に承太郎が感心していた時、空賊が襲ってきたのだ。 大砲を突きつけられて停戦命令を出され、ルイズ達の乗った船は呆気なく降参した。 貴族の客、という事でルイズとワルドは船倉に捕らえられてしまう。 船の積荷だけでなく、ルイズ達の身代金でもう一儲けするつもりらしかった。 貴族の一味という事でメイジではない承太郎も一緒に船倉に連れられた。 その承太郎の顔色が悪いので、ルイズは心配になって怪我の具合を問いただす。 「たいした負傷じゃあない……気にするな……」 「だったらちょっと見せなさいよ!」 ルイズは承太郎の学ランを掴むと、袖をたくし上げた。 抵抗しようとした承太郎だが力が入らず、弱々しいものだった。 「きゃ! ……酷い」 稲妻の直撃を受けた承太郎の左腕は手首から肩までミミズ腫れが続いており、それが悪化して酷い水ぶくれにまでなっていた。 見ているだけで痛々しく、そして気持ち悪い。 ルイズは空賊を呼んで水のメイジがいないか、怪我を治して欲しいと頼んだが、空賊は少しも取り合おうとせず無視された。 するとルイズは泣いてしまう。 「うっとおしいぞ、メソメソ泣くくれーなら最初から依頼を受けるんじゃねえ」 「使い魔君、そんな言い方はないだろう。彼女はまだ十六歳の小さな少女なんだ」 「貴族だ何だと偉ぶってるくせに気合の足りねー態度は気に食わねぇ。 ルイズは『殺されるかもしれない覚悟』をして依頼を受けたはずだ。 そして『同行する俺やギーシュが殺されるかもしれない覚悟』もしているはずだ。 だから……この程度の負傷でピーチクパーチク泣かるようじゃ、話にならねぇ」 「ルイズは僕が守る。君も僕が守ろう。誰かが殺されるなどと不安がる必要は無い」 「杖がねーと何もできないてめーが、この状況をどうにかできるのか?」 「今は根気よくチャンスを待つ。こんな時こそ知的にクールにいこうじゃあないか」 決闘で承太郎に敗れた事を気にしているのか、 やけに丁寧な口調ながらも何だか挑発的なワルドを見て、ルイズの不安が増す。 自分と違って、この二人は強い。もはや任務成功の鍵はこの二人が握っているのだ。 それなのに不仲になられては非常にまずい。それに――。 (それに――何だろう。二人が喧嘩してると、すごくヤな気分になる) 心情的には礼節な婚約者の肩を持ちたい。 けれど無愛想な使い魔の事も気になる。 承太郎は時々怒るけど、怒り方が二種類あると思う。 単純に怒っているだけなのと、そうでない怒り方。 今の承太郎は後者な気がする。 怒っていても、優しさを感じてしまうような、不思議な印象――。 しばらくして、空賊が食事を持ってきた。 粗末なスープと水の入ったコップ、それが三人分。 最初は文句を垂れたルイズだが、体力の維持のため渋々スープを飲む。 その後、ルイズはシャツの袖をちぎると、自分の飲み水に浸し、承太郎の火傷を冷やした。 「余計な事はするな」 「意地張ってんじゃないの。一応、私の使い魔なんだから、たまには言う事聞きなさい」 「…………」 冷やされて痛みを感じているのか、承太郎は唇を噛みしめているようだ。 しかし抵抗はしない。ルイズの心遣いを受け入れてくれた、という事か。 何か言った方がいいかな、と思ってルイズは口を開きかけ――。 「あの、ジョ……」 再び船倉のドアが開かれた。食器を回収にきたのか、空賊が入ってくる。 そして三人を見回すと楽しそうに質問をしてきた。 「おめえ等はよぉ~、もしかしてアルビオンの貴族派かい? いや、そうだったら申し訳ないと思ってさぁ~。 俺達はおめーさん達のおかげで商売できるって事になるし、 王党派に味方しよ~ってヌケサクどもを捕まえる密命も受けてんだよ」 「それではこの船は反乱軍の軍艦なのかね?」 「質問を質問で返すなッ! アレか? 貴族は質問には質問で返せと教わってんのか? このスカポンタンがッ! クソッ! 舐めてんじゃねーぞゴルァ!」 ワルドの質問にブチ切れた空賊は近くにあった樽を蹴飛ばした。 「怒らせてすまない。ただ相手が空賊なのか、 反乱軍なのかも解らず質問に答えるというのも怖くてね」 「ケッ、ま~い~か。俺達は雇われてる訳じゃねーさ。 反乱軍とはあくまで対等な関係で協力してるだけさぁ~。 で、どうなの? おたく等、貴族派? それなら港まで送ってやるぜ」 ここで「はい、そうです」と嘘をつけば無事港に行けるだろう。 だがルイズは! 逆に馬鹿正直に答えた! 「誰が薄汚い反乱軍なものですか。私は王党派への使いよ! 私はトリステインを代表してアルビオン王室に向かう大使なのだから、あんた達は私達をそう扱うべきなのよ!」 あまりに正直に言ってしまったもので、承太郎もワルドも黙り込んでしまった。 もう何を言っても手遅れだ。 後は成り行きを見守って、ヤバそうなら実力行使に移るしかない。 空賊はゲラゲラと笑う。 「正直者だなぁ~、あんた。そこんところは褒めるけどよ、ただじゃすまね~ぞォ」 「あんた達に頭を下げるくらいなら死んだ方がマシよ。 私は『殺されるかもしれない覚悟』をして密命を受けているのだから」 「あぁ~ん……ほんじゃ、まあ、頭に報告してくらぁ」 ルイズ達をどうこうする権限を持たないのか、空賊の男は船倉に鍵をかけて去った。 死刑確定、ではない可能性を承太郎は考えていた。 あの空賊の態度、どこか演技を感じられた。些細な違和感……勘違いかもしれない。 さて、ルイズの行動は吉と出るか凶と出るか。 吉と出た。 空賊の頭の正体はアルビオン王党派どころか、 アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーが変装したものだったのだから。 「アルビオンへようこそ大使殿」 ついさっきまで空賊をやっておきながら善意100%スマイル。 この皇太子、大物である。 王党派に味方する外国の貴族がいるなんて夢にも思わなかったため、ルイズ達は試されていたのだ。 空賊の頭を演じるウェールズの前でも意地を張り通したルイズのおかげで、何とかその信用を得る事に成功した。 まさに僥倖である。 「アンリエッタ姫殿下より密書を言付かって参りました」 ワルドが優雅に頭を下げる。 「ふむ、姫殿下とな。君は?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。 そしてこちらが姫殿下より大使の大任を仰せつかったラ・ヴァルエール嬢と、その使い魔の男でございます。殿下」 「して、密書とやらは?」 ルイズは慌てて手紙を取り出したが、ウェールズの顔を見て、ちょっとためらう。 「あ、あの……」 「何だね?」 「その、失礼ですが、本当に皇太子様であらせられますか?」 ウェールズは美形である。大人の気品を持ったギーシュの如き美形である。 だがついさっきまで髭ヅラに変装して空賊の頭なんぞやっとりました。 ルイズが不安になるのも仕方ない事だろう。 ウェールズは笑って、薬指にはめていた指輪を外すと、ルイズの手を取り水のルビーに近づけた。 ふたつの宝石が共鳴し虹色の光があふれる。 「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。 君がはめているのは、アンリエッタがはめていた水のルビーだ。そうだね? 水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変、失礼をばしました」 ルイズは一礼して、手紙をウェールズ皇太子に手渡す。 ウェールズは愛しそうに手紙を見つめ、花押に接吻をしてから手紙を取り出した。 真剣な顔で読み、真剣な声で問う。 「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」 ワルドが無言で頭を下げ肯定する。再びウェールズは手紙に視線を下ろした。 そして、最後の一文を読む。 その時、彼の表情が無表情になった。 固く、固く感情をせき止め、あふれんばかりの感情を押し殺した表情に。 「……了解した。姫の望みは私の望み。例の手紙を返すとしよう。 だが手紙はニューカッスル城にある。多少面倒だがご足労願いたい」 ウェールズの船は雲の中を通り大陸の下部からニューカッスルに近づいて、王家だけが知る秘密の港に船を入港させた。 こうしてルイズは無事、ウェールズの案内の元、城に到着する。 ルイズだけを質素な自室に招き入れたウェールズは、小箱を開けた。 ふたの内側にはアンリエッタの肖像画が描かれている。 そして、小箱の中から一枚の手紙を取り出した。 何度も繰り返し読んでいるのか、ボロボロになっている。 その手紙をウェールズは再び、最後にもう一度だけ読み直した。 表情は優しく、しかし悲しげであった。 手紙を丁寧にたたみ封筒に入れたウェールズは、それをルイズに渡す。 「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」 「ありがとうございます」 「明日の朝、非戦闘員を乗せた船がここを出港する。 それに乗ってトリステインに帰りなさい」 その言葉を受け、ルイズはしばし考え込み、 やがて意を決したように質問を投げかけた。 「あの……殿下。王軍に勝ち目はないのでしょうか?」 「無いよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。 我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せつけるだけだ。最後まで誇り高く」 「殿下の討ち死にされる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 明日死ぬ身の上、しかしウェールズは落ち着いていた。死ぬ事を受け入れていた。 それが――ルイズには納得いかない。 「殿下、失礼をお許しください。この、お預かりした手紙の内容、これは……。 この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫様のご様子、尋常ではありませんでした。 そう、まるで……恋人を……案じておられるような……。 先程の殿下の物憂げなお顔といい……もしや……姫様とウェールズ皇太子殿下は……」 ウェールズは微笑み、ルイズの言いたい事を悟った。 「君が想像している通り、今渡した手紙は恋文だよ。 確かにこれがゲルマニアの皇室に渡ってはまずい事になる。 アンリエッタがゲルマニア皇帝に誓う愛は偽者となり、結婚および同盟の話はご破算。 そうなればトリステインは一国の力で我が国の貴族派と戦わねばならない」 「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ! お願いであります。私達と共にトリステインへいらしてください!」 「それはできんよ」 「そんな……でも! 手紙には、手紙の末尾には、姫様は記したのではないのですか!? あなたに亡命を求める一文を。記したはずです!」 「そのような事は一行たりとも書かれていない」 ウェールズは首を振った。 「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と、私の名誉に誓って言おう。 ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれて……いないッ」 苦しそうな口振りだった。それだけで、ルイズはそれが嘘であると解ってしまう。 「……君は正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。 正直で、真っ直ぐで、いい目をしている。 我等が王国が迎える最後の客に相応しい人柄だ。是非最後のパーティーに出席して欲しい」 こうしてアルビオン王国最後の夜が、ついにその足音の届く距離に迫った。
https://w.atwiki.jp/alicedoll/pages/9.html
ふたばちゃん関連サイト以外のリンクを禁止します T - Y - A - 旧アンテナ ふたば ふたばらヲトメ ※自由に追加したり編集していただいてかまいません 編集のやり方 編集例 朝の翠星石:|dat|ほぼ毎朝6 30頃~|スクリプト系| 項目 真紅 雛苺 水銀燈 翠星石 蒼星石 金糸雀 実装系 その他 真紅 朝の真紅様:|img|毎朝6 30頃~|その日の豆知識?| 「」と真紅:|img|不定期23 30頃~|スクリプト系?| 水銀燈 水銀燈の私生活:|img|ほぼ毎朝5 30頃~|スクリプト系| 翠星石 朝の翠星石:|dat|ほぼ毎朝6 30頃~|スクリプト系| 心の二人:|img|ほぼ深夜3 00頃~?|スクリプト系| 蒼星石 金糸雀 実装系 ぷっちぱっちめいでぇ~ん|img|不定期(木曜日)|その他| その他 わんくさま:|img|不定期|その他| ペンギン燈:|img|不定期|その他| 大銀醸SS:|img|ほぼ深夜0 30頃~?|SS系| うさぎんとう:|img|不定期|なりきり系|
https://w.atwiki.jp/rozenrock/pages/802.html
み「ほら!カナ!!私よ私!草苗みつよ!覚えてない?」 金「草苗みつ…草苗みつ……あっ、思い出したかしらー!専門学校で知り合った… みっちゃんかしらー!?」 み「そう!その通り!!ヴェリィークッド!!!Exactly!!!久しぶりねー!! 元気してたぁ?」 翠「…めぇら…」 金「みっちゃんこそどうかしr翠「てめぇぇぇら!!ちょっっと待ちやがれですぅぅぅぅ!!!」 そこで一喝したのは翠星石だった。場の空気は凍りついた 翠「揃いも揃って、感動の再会するのは一向に構わねーーーーんですがぁぁ!! 翠星石たちにも解るように木目細かに説明・紹介しやがれですぅぅぅ!!!!!!!」 … … … 真「ま、そうね、最初に誰も紹介すらしてなかったのは少々まずかったのだわ」 雛「じゃ、雛から紹介させてもらうのー♪この子はトゥモエー、『柏葉 巴』って言う名前なのよー 雛が高校の時のお友達の一人なのー♪」 巴は軽く会釈をする 巴「初めましてRozen Maidenの皆さん、柏葉 巴と言います。本日はお目に掛かれて光栄です!」 翠「ま、おめぇは超幸せ者ですぅ!翠星石たちにライブ以外で面拝めるんだから有り難く思いやがれですぅ!」 蒼「こちらこそ宜しく、ところで柏葉さんは雛苺と学生時代何かしてたのかい?」 銀「それは気になるところねぇ」 水銀燈はテキーラヤクルト割りを口にする。 巴「えーっと、そうですね、はい、私と雛苺は軽音楽部で知り合ったんです!」 雛「雛がボーカル担当してたのよー♪」 巴「雛苺とってもいい声してましたよ!とてもヴァリエーションが広くて…」 …なるほど…道理でデス声も出るはずだ…と薔薇乙女たちは確信した 巴「文化祭じゃ、お客さん沢山来てくれて、校内じゃ鋼鉄の乙女・歌姫とまで謳われたんです! 特にメタルとかハードロック系の時はもう大盛況でした!」 雛「やっぱ、歌って素晴しくて、とっても気持ちいいのよー♪」 それって重音楽部の間違いじゃね?2人以外はそう疑問に思った… 銀「ところでぇ…貴女は何担当してたのぉ?」 巴「えっ…私ですか、私はギター担当してましたよ」 銀「あらぁ…私もギターよぉ偶然ね、今度機会があれば見せてもらいたいわぁ貴女のギター」 巴「プロに通用する程の腕じゃないですよw」 銀「それでも構わないわぁ…大切なのはハートよぉ…♥」 雛「すいぎんとー、トゥモエのギターはとおっても上手なのよーー!学校で第2のマーティーって言われてたくらいなんだからー!!」 銀「それは期待だわぁ…」 水銀燈は軽く微笑んだ。 こんな感じで取り敢えず巴の紹介は無事済んだ。 翠「なるほど、よく解ったですぅ!じゃ次は真紅の隣にいるそこの眼鏡野郎ですぅ!」 J「(『桜田』って名札が目に見えないのかこのアマ…#)僕ですか?名前は『桜田 ジュン』。一応真紅の 真「下僕第1号よ」 J「誰 が 下 僕 だ !なった覚えもないぞ。幼馴染ってとこかな」 翠「真紅、この眼鏡野郎とは本当に主従関係ですかぁ?」 真「強ち、嘘でもないわね」 J「真紅!誤解招くような物言いするn」 翠「そういや、さっきおめー、端から見てれば真紅にボッコにされてた気がするですぅ! それに加えて下僕とくりゃあもしかしてMですかぁ?ww」 J「なっ、な訳ないだろ!!しかも下僕じゃないって!!(ハァァァァ…最悪だorzこんな誤解招くなんて)」 … … … … 真「自分から素直に白状出来ないなんてどうやらあの時の調教が足りなかったかしらw?」 J「う、うわああああああqwせdrftgyふじこlp;@: 巴「さ、桜田君落ち着いて!」 真「(ちょっと、からかいが過ぎたのだわ…w) この誤解については後にちゃんと解けたそうな…ww 金「じゃ次はみっちゃんを紹介するかしらー」 み「はい!どーーーもーー!カナの親友の『草苗 みつ』ことみっちゃんでーーーすっ!! 専門学校卒業した後はここの店長やってまーーすっ!」 真銀翠蒼雛薔「…( ゚д゚)」 あまりのハイテンションっぷりに薔薇乙女たちは少し引き気味である。 ジュンと巴に至っては普段、そんな彼女を見慣れすぎている所為か何ら平気である。 金「カナとみっちゃんは音楽系の専門学校で知り合ったかしらー♪」 み「まだ私が学校に入って間も無い頃ー、こう見えても私結構内気なほうだったのよーw! だから、あまり人とも話さないし、常に一人だったからちょっとネガ入ってたの… で、そこでっ!! たまたま偶然カナと同じクラスになってたの!もうその娘ったら可愛くて可愛くて…これはもうお近づきにならなくちゃ! 是非ともフィアンs…いやお友達にならなくちゃって思ったの!! そして声を掛けてみたら、カナったら潔くこちらこそ仲良くしてほしいかしらー♥って天使係った笑顔で言ってくれたから、私、嬉しくって嬉しくって…カナ思いっきり抱きしめちゃったの!!」 金「あの時は嬉しかったけどちょっとキツかったかしらー…意識飛び掛けてマサチューセッチュな状態になったかしらー…」 み「まあ、そんだけカナのこと愛してったってことなのよ」 金「手加減くらいはしてほしかったかしらー!!!」 み「ハァ━━━━(´Д`*)━━━━ン♥ちょっと怒り気味のカナも萌えーーーーーーーー!!!!♥♥♥ きゃーーーーーーーーッッッッッッ♥♥!!!!!!」 金「ギャアアアアアアアァァム、みっち゛ゃーーーん…ガナの意識ががまざち゛ゅーぜっち゛ゅ…」 2人の異常なまでの次元に誰も足を踏み入れることは出来なかった…南無三… To Be Continue おまけ 薔「今回…私…一言も喋ってない…(´;ω;`)」 銀「はいはい、ばらしー泣かないのぉ…カルアミルクでも飲んで、元気出しなさぁ~い♥」 薔「(コクン)…銀ちゃん…」 銀「今度はなによぉ…ばらしー」 薔「これ…とっても喉渇くよーー(´;ω;`)」 銀「まぁ、お酒なんだから当然でしょぉww」 (6)へ戻る/長編SS保管庫へ/(8)へ進む
https://w.atwiki.jp/sbxmyt/pages/10.html
ゴブリンスレイヤー 2018年秋にアニメ版が放映されている。 ゴブリンスレイヤー 実力者でありながら小鬼(ゴブリン)を殺すことにのみ執着している謎多き仮面の冒険者。 B 短剣投げ 手にした短剣で前方の相手を貫く。威力は高いが武器を手放してしまうため一部攻撃のリーチが落ちてしまう。 ヒットorシールド防御されるor外れるとステージ上に剣が落ちるので、拾うか一定時間経過すると再使用可能。 上B 円盾突き上げ 装備している円盾で殴り上げながら上昇する。跳躍距離はそれほど高くないが、発動時前方からの攻撃を一発までなら相殺可能。 横B 松明投げ 火のついた松明を放物線軌道で投げ込む。単体ではBよりも威力も速度も低い軽ダメージの火炎属性攻撃だが、下Bと組み合わせることで真価を発揮する。 下B 粉塵撒き 前方に小麦粉を詰めた袋を投げ上げ、相手にヒットすると粉塵塗れ状態にして一定時間移動速度を落とし、地面に袋が当たると周囲に粉塵が飛ぶ状態になる。 粉塵のある場所や相手に横Bなど火炎属性の攻撃が触れると粉塵爆発が起こり範囲内の相手をふっ飛ばすことができる。 (短剣非所持時に)下B ガソリン撒き 剣を持っていない時はこちらの技になる。小ビンに入ったガソリンを投げ、当たった相手または地面に一定時間ガソリンを撒く。 相手に当たった場合は相手が滑り&転倒しやすくなり、地面に撒いた場合はその位置を歩く時に滑りやすくなる。 粉塵撒き同様ガソリンの触れた相手や地面に火炎属性の攻撃が触れると広く燃え広がる。 最後の切りふだ 転移の巻物 異空間への扉を繋げる巻物を開き「海の底」とつなげる事で広げた巻物から高圧の海水を噴出するマリオファイナル風飛び道具型切りふだ。横方向に押し出す力が強い。 勝利台詞 「ゴブリンは一匹残らず俺が殺す」
https://w.atwiki.jp/rozenrock/pages/965.html
真「スレカラを御覧の皆さん…」 全「今晩わぁーーーーーーー(なのだわ(ぁ(ですぅ(っ(なのよー(かしらー(…わんばんこ」 銀「ちょっとぉwばらしぃー、今時そのネタはないわぁwwww」 翠「ったくおめぇーは笑福○鶴○ですかぁww」 薔「ショウヘイヘーーーーイ!!」 蒼「ちょwwwwばwwwwばらwwばらしーーwwもう辞めてwwwwこのままじゃwwwwwwうぇっwwっうぇw」 デデーーーーン♪ 蒼「嫌ああああぁぁぁぁ!!!(´;ω;`)まさかこの効果音はwwww」 薔「別に何も無いよ…ビックリした?」 今の効果音は薔薇水晶の手元にあるキーボードからの音だった… 蒼「もぅ辞めてよwwwばらしーwww寿命が3年は縮まったじゃないかーーーーー!!!」 真「ッホン…本日より『スレタイでカラオケ12th~177th Take 薔薇乙女編』は『スレタイでカラオケ12th~177th Take 薔薇乙女編SeasonⅡ』へとバージョンアップするのだわ!」 蒼「思ったよりも早く再開しちゃったね…」 雛「なーんか作者さんがお外で考え事してたら次から次へとポンポンネタが浮かんだって聞いたのよー」 金「作者さんはきっと家に篭っているより外で新鮮な空気を吸いながら考えた方が良さそうかしらー」 蒼「ところで真紅。Season2では一体どんな見所があるんだい?」 真「そうね。ちょっとネタバレ気味だけど少しだけ紹介しましょう。 何とSeason2では、ばらしーに隠された77の人格(28話参照)の詳細が明らかになるのだわっっ!!」 全「な、なんだってぇーーーーーーーっっ!!!??」 銀「ってばらしーww貴女のことでしょぉ…一緒に驚いてどぉすんのよwww」 薔「みんなと…一緒に混ざりたかった…それだけ…」 蒼「何か調子狂うけど…そろそろ幕開けの時間だ!あぁもう出演時間に間に合わないww」 真「えぇ、それじゃ読者の皆様方!!」 全「Het bekijken van dat!!【御覧あれ!!】」 … … … 薔「皆知ってる?真夏のお鍋って意外に美味しいんだよ…」 翠「こら!!ばらしー、舞台がもう始まるですぅ!!早くこっち来やがれですぅ!!!#」 ギュウウウウゥゥゥ 薔「ヤメテヤメテ痛い痛い痛い…うわぁーーーん!!銀ちゃぁーん、翠星石が耳引っ張ったぁーーー!!!。・゚・(ノД`)・゚・。」 長編SS保管庫へ/第1話へ続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/141.html
ンドゥールがいま現在の主人の部屋に戻る。その主人、ルイズはとうに着替 えを済ませていた。 「遅いわよ。それじゃあ食堂に行くから、ついてきなさい」 「わかった」 ルイズは部屋を出て廊下を静かに歩いていく。途中すれ違う人物の、好奇と 見下す視線は耐えるしかなかった。後ろからはカン、カン、と杖を突きなが らンドゥールがついていく。規則正しい音が響いている。 食堂に着くと、相変わらずルイズはンドゥールにはパンとスープしか与えな かった。だが彼は静々とその出されたものを床の上で食べていった。言って はなんだが、慣れた様子だった。 周りも飽きたのか、初日にあった平民の使い魔への嘲笑も薄れており、ルイ ズはこれまでとなんら変わらぬ光景を送っていた。ところが、今日この日は 少し変わったことがあった。 「一体どうしてくれるっていうんだ!」 誰かが怒っていた。ルイズがその声がした方向を見ると、金髪の同級生であ るギーシュがなぜかずぶぬれになって一人のメイドに激昂していた。 内容は彼女の周囲の声で聞き取ることはできなかった。 だが、すぐそばの男にはそんな騒がしさなど問題ではなかった。 「恩はかえさんとな」 「ちょっと! ンドゥール!?」 主人の制止の声など耳に入らないのか、彼はまっすぐ諍いの場に歩いていっ た。ルイズも怒りながら後をついていった。 「少年、ギーシュと言ったか、そこまでにしておけ。恥の上塗りだ」 「――な、いきなりなにを!」 「二股がばれて両方に振られる。そんなことを声高に宣伝しているのだぞ」 「え、ちょっとほんとなの」 ルイズがそれを聞いて軽蔑の視線を向けた。周りからも失笑が漏れ、ギーシュ の顔は瞬く間に赤くなった。 「大体、それだけ自分の器が小さいだけだ。貴族というのは誇り高いらしい が、お前は例外か」 「なんだと!」 「……ンドゥール、もうやめなさいよ」 ルイズはとめようとするが、それでも彼はわざわざ煽るかのよう言葉を並べ ていく。ギーシュは歯をかみ締め、瞳はいつのまにかつりあがっていた。 そして怒りが頂点に達すると、彼は手袋をンドゥールに投げつけた。 「決闘だ!」 「お、落ち着きなさいよギーシュ」 「うるさい! ここまで馬鹿にされて黙っていられるか! 広場で待ってい るからな!」 もうギーシュの憤慨は治まりそうになかった。彼は無責任に騒ぎたつ人垣を 抜け、食堂を出て行った。成り行きを眺めていた野次馬も大勢追っていった。 残ったルイズはすました顔をしているンドゥールを叱責する。 「あんた、はやくギーシュに謝りなさい。いまならまだ許してもらえるわ!」 「断らせてもらう。私が頭を下げるのはただのお一人だけだ」 「んな……!」 ルイズの心に苛立ちが募る。召喚してからこれまで大人しくしたがっていた が、やはりこの男は彼女に対して忠誠などしていないのだ。 「あのね、平民が貴族に勝てるわけないでしょ! メイジなのよ!」 「それがなんだというのだ。恐いものなどここにはなにもない」 「あのね……」 「――ンドゥールさん」 ギーシュの怒りを受けていたメイドが彼の名前を読んだ。 「私からもお願いします。はやく謝りに行きましょう」 「そういうわけにはいかんのだよ。礼は返さんとな」 はっきりと、ンドゥールは重く響く声で言った。そして、大きく無骨な手を シエスタの頭に乗せた。 食堂の騒ぎから数分後、広場で二人は対峙していた。結局ンドゥールはルイ ズとシエスタの制止を聞かずに決闘をすることにしたのだ。 彼は右手に杖を持ち、左手には喉が渇いたということでシエスタに用意して もらった水筒を持っていた。 「よく来たね。いま謝ったら許してやらないこともないよ」 「いつ始める?」 「……いま始めてやるよ!」 ギーシュの前に一体の青銅の像が現れた。ゴーレムだと誰かが言った。 女性の姿をしたそれは一歩一歩ンドゥールに近づいていく。その足音は当然 彼にも聴こえているのだろうが、水筒を地面に落とし、まったく動じること なくいつものようにしっかりとした足取りでギーシュへ向かっていく。 (あいつ、気づいてないの?) 見学に回っているルイズだけでなくほかの誰もがそんなことを考える。 このままでは簡単にぶちのめされる。しかし、そうはならなかった。 ゴーレムがいよいよンドゥールを攻撃しようとしたとき、唐突に倒れたのだ。もがいても起き上がることができない。 ざわつきの中、ルイズは気づいた。 (ゴーレムの足、歪んでる?) ゴーレムが再び現れる。 またしても肉薄するが、同じように倒れてしまった。 ギーシュは全力なのか今度はいくつものゴーレムを出現させた。だが、そう しても意味はなかった。全てのゴーレムがひとりでに倒れてしまったのだ。 ギーシュの身体に厳冬のような寒気が押し寄せてきた。 彼にはわかった。この迫ってくる男がなにかをしているのだと。練金が甘い わけではないと。 巨大な男が光のない瞳で見下している。 押しつぶされそうな圧力を感じてギーシュは声が出なかった。彼は知らない が、いま感じているのは死の恐怖だ。 「ふん!」 太く堅い拳で殴られる。ギーシュは唇を切って、血を吐き出してしまう。 それでもンドゥールは歩み寄り、鼻っ柱をぶん殴った。芝生に鼻血を撒き散 らし、ギーシュは痛みで悶絶する。 ンドゥールは呆れたようにため息をつき、ギーシュを見下ろした。 「まだやるか?」 「……ま、まいった!」 平民が貴族に勝利した。その事実に野次馬は驚愕し、大きな歓声があがった。ンドゥールが盲目であるということも関係しているのか、盛り上がりは少しも冷めることはない。 しかし、その熱狂の中心である男の一応の主人であるルイズは、腑に落ちな い顔をしていた。 彼女の手にはンドゥールが落とした水筒がある。そんなに容積があるわけで はない。グラスに五杯ぐらい注げられるていどだ。それでも、横にしていた ところで空になるようなものではない。 なのに逆さまにしたところで一滴たりとも水が出てこない。確認したが地面 にも水が浸み込んでいなかった。 ルイズは見物人のなかのある人物に近寄っていった。 「ちょっとあなた、ええとシエスタって言ったわよね」 「あ、はい。なにようでしょうかミス・ヴァリエール」 頬が若干赤くなっているが、ルイズはそのことに気づかず質問をした。 「あなた、この水筒にどれだけ水を入れたの?」 「いっぱいにですけど。それがなにか……」 「いいえ、なんでもないわ」 念のためにかルイズは水筒に指を突っ込み、内壁を滑らせてみた。水は一滴 たりとも付着していなかった。 水はどこにいったのか。 答えは一人、ンドゥールだけが知っている。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2247.html
頬をなぶる柔らかい風の感触で、リキエルは薄く目を開いた。 左目が開かないことには、違和感も湧かなかった。どちらか片方が常時開かないことにはもう大分前から慣れている。しこたま殴られて潰れているのかもしれなかったが、だからといってドーダコーダとも、リキエルは思わなかった。 ――空が目の前にあるな。 一瞬そう思ってから、馬鹿なことを考えたと、リキエルは自分に向かって毒づいた。単に仰向けに倒れているだけだ。芝生のなめらかな手触りと、その下にある硬い地面の感触が、明確にそう告げてくる。 ――三発目から先は……。 覚えていない。リキエルは朦朧とした頭で、ことここに至るまでの経緯を思い出そうとしている。脳が記憶の整理をつけている過程を、覗き見るような感覚だった。 視界が閉ざされ、直後に来た強い衝撃に頭蓋を揺らされ、意識を失った。しかしそれも一瞬のことで、直ぐにリキエルは、衝撃の余韻で明瞭な覚醒を得た。そして感じたのは、痛みかもしれなかった。 かもしれないというのは、それを痛みといってよいのかわからないからだ。強い衝撃と、その衝撃を受けた部分の皮膚が沸騰したような感触は、どういったわけか、痛みとは明確に結びつかなかった。口の中でする鉄の味と、ぐらぐらになった奥歯が、かろうじて痛みの証といえるのかもしれない。つまりは、脳がそこから先を考えることを拒絶するほどの、激越な痛みということだろう。 いずれにしても、リキエルがそれを自覚する間はなかった。続けざまにギーシュのゴーレムから、蹴りやら踏みつけやらをもらったのである。その三撃目をまた頭にうけ、リキエルは再び気を失った。そして目覚めてみれば、こうして仰向けに空を眺めている。 リキエルは、身を起こそうと体に力をこめてみたが、右の肩が僅かにピクリと震えるだけだった。意識不明なまま、立ち上がれなくなるまでやられたということだろうか。意識を失う前と変らずに、その場に集まっている観衆の様子をうかがってみる。首も動かないようなので、目だけをぐるりとめぐらせた。 焦点が合っているかは定かでなく、断言はできないが、誰も彼も呆然とした様子であるようにリキエルには見受けられた。そうするとやはり自分は、見る者が言葉を失うほどには悲惨な状態になっているようだなと、ぼんやり思った。そうなっていながら、痛みを感じていないことがやはり奇妙だった。 ――奇妙といえば。 バイクを運転して事故を起こし、そうと思えば異世界に飛ばされた。わけもわからず使い魔とやらになり、仕事をやらされる。その翌日には、挙句と言うには早すぎるほど突然に、メルヘンの代名詞ともいえる魔法で血なまぐさい暴力沙汰に身をさらされた。奇妙といえば、これほどそういった感覚にふさわしい事柄も、そう無いのではなかろうか。 そんなことをリキエルは、うつらうつらとしながら考えている。信じられないことに、ともすればこのまま眠りこけてしまいそうになっていた。それは、また意識が途切れるということでもあったが、それでも構わないとリキエルは思った。このまま動かなければ、これ以上傷が増えることもないのだ。 スッと意識が遠のこうとするのがわかる。リキエルはそれを心地よいものに感じた。人壁の一部が何やら言っているようだったが、どうでもよいことだ。ギーシュもぶつぶつと言っているが、聞き取れない。知ったことでもない。 その声が耳に入ってきたのは、浮遊感にも似た、それでいて地面に頭からズブズブと沈み込むような、曖昧な感覚がリキエルを包み始めたときだった。 「違うでしょ!? そんな問題じゃないわよッ!」 リキエルの目は、まぶたの裏にある暗闇ではなく、再び前面に広がる空を見た。ぼんやりとした頭に、ガソリンが注がれるようにして血が集まってくる。眠気は掻き消えていた。リキエルは、声のしたほうへ目を動かした。 まず驚いた顔をしたギーシュが目に入った。と同時に、ふわふわと宙に浮いてこちらに向かってきていた剣が、力を失ったように地面に突き立つのも見えた。ギーシュが魔法で浮かせていたものらしかった。 そして目の端から、桃色の頭髪が踊るようにして現れる。 ルイズがこの場にいることを意外に思ったのは、視界に入れてからのほんの一瞬だけのことだった。気の強そうな、それでいてどこかあどけない感じの残る高い声は、殺伐とした空間には似つかわしくなかったが、ルイズそのものは、ここにあってなんら不思議な感じがしなかった。なんとはなしに、来るような気がしていたのかもしれない。 ただ、その反面、なぜそうなるのかはわからないが、自分を庇うルイズの声を、リキエルは歯噛みするような気持ちで聞いた。 「……ちくしょう」 強くもない風に混じって飛ばされてしまうほどの、弱弱しい呟きである。ひどく喉が渇いていて、自然と声が擦れて小さなものになっていた。 倒れたまま、ルイズとギーシュの問答を見ていることしかできないのがどうにももどかしくなり、リキエルはまた動こうとしたが、右の腕と足、それと首が、かろうじて曲がる程度だった。 それでも動くことを諦めず、ミミズが這うようにして、小刻みで器用な動きを繰り返し、リキエルはなんとか腰から上を半ばまで起こす。ギーシュの得意気でいけ好かない薄ら笑いと、俯いたルイズの姿が、ハッキリと確認できた。 ルイズが顔を上げて、一歩前に出た。 「……わかった、わよ。こいつが、こいつが何かしたっていうなら……わ、わたしが、ああああ、あ、謝るわよ!」 毅然とした態度に見えるがしかし、小刻みに震える声と握りこんだ拳には悔しさが滲んでいる。そして、そのまま口をつぐんだルイズからは、やはり隠れようもない悔しさの気配が感じ取れた。 「……!」 自分の中で、何かが激しく動くような気配をリキエルは感じ取った。それと前後して、リキエルの胸のうちに様々なものが去来する。それらは記憶だった。ある一所に帰結する、記憶の断片である。 まず思い浮かんだのは、教室でルイズが「諦める気はない」と言った時の眩暈と、ロングビルとの雑談の中で掴み損ねた感覚だった。今にして思えば、それは同一の感情であったことがリキエルにはわかる。 それは憧れだった。それも、羨望に近い憧憬である。 リキエルは、ずっと馬鹿にされ続けてきたというルイズの話を聞いたとき、パニックを起こすたびに心無い視線にさらされ続けた自分を、一瞬それに重ねた。重ねて、すぐに否定した。そうやって重ねることが、おこがましいことである気がした。 リキエルは人生にまいり、足元に視線を落としたまま動けなくなった。生きる目的を失い停滞し、恐怖に煽られただ喚いていただけなのである。過去にも未来にも希望を持たず、穴倉のような絶望の中で、それを捜すことさえも怠っていたのだ。 だがルイズは違う、とリキエルは思う。ルイズは諦めないと言った。嘲笑と侮蔑の囁きから逃げていなかった。むしろ、果敢に立ち向かう姿勢を貫いているように見えた。そんなルイズの姿勢を、リキエルは羨ましいと思ったのである。 次に思い浮かぶのは、焦燥を伴う疑問だった。 どこから生まれる。なんなんだ。この差は、この違いは。どうしてこいつは、ルイズは人生を諦めずにいられる。生きる目的を決められる。生きる希望を持てている。そうさせるものはなんなのだ。 ――『血統』……それか? いや、そうなんだろうな。 考えるまでもないことだった。ルイズが、本人がそう言ったのを、リキエルは鳶色の瞳の中で聞いていた。ルイズは、『血統』を誇りにしている。 それは、リキエルにはおよびもつかないことだった。肉親、血縁、両親、親族、どの言葉もリキエルにはトラウマでしかないもので、教室でのパニックにしても、自分の『血統』を思い、そこから両親へと意識が繋がったことの結果である。 「……」 そういった認識が今は少し、あるいはだいぶ変わっているようだった。 リキエルは左肩を手で押さえた。その場所には、『星型のアザ』が生まれつきある。父親譲りの遺伝である。すなわち、血統の証だった。親のことを知らないリキエルだが、そのことにだけは奇妙な確信を持っていた。このアザのことを、普段リキエルは故意に忘れている。父親を思い出すことが、直接的にパニックへと繋がるからだ。 それも今は違った。パニックに陥るどころか、血統のことを考えることで自分の精神が、細波すらたたない平静な湖面になっていくのがリキエルにはわかった。時折、小魚がそうするように嫌な想い出が跳ねるが、それもすぐ泡沫に消える。あの学年末試験の日以来、初めて自分は真正面から過去と対峙しているのだということが、リキエルにはわかった。 そうさせるのは、ルイズの精神のあり方だった。どれだけ失敗を重ねても、そこに停滞することを嫌い、逃げ出すことを是としない前を向き続ける向上の精神が、リキエルと彼の過去とを向き合わせていた。リキエルの欠けた心の一片がそこにはあった。ルイズの誇りに、リキエルはあてられていた。 その誇り高いルイズが今、頭を下げようとしている。二人の少女の心を傷つけ、あまつさえ、それを恥じることもなく他人にあたるような、太平楽なガキに謝罪しようと言っている。それも直接の理由はといえば、自分がこんな場所で『こんなこと』になっているせいなのだ。 平静になった心が、沸き立つように震えるのを、リキエルははっきりと感じ取った。 ――オレのために、こいつが頭を! 下げてはならないのだ! ギーシュ、あんな程度のやつ……! あんな見下げ果てるようなどうしようもないやつに、ルイズが、その精神が! 誇りが! 貶められてはならないのだッ! ルイズに頭を下げさせてはならない。その一念の下リキエルは、持ちうる限りの気力をことごとく死力に変えて、体の隅々まで行渡らせた。相変わらず動かない手と足を、歯を食いしばって強引に動かした。抜けかけた奥歯が歯茎に食い込んで、また口内に錆の味が広がっていく。 リキエルはいくつかの小さな傷が開くのも気にせず、晴れ上がった左足が引き攣れる感覚さえ無視して身を起こし、ルイズに向かって腕を伸ばし、小柄な背に見合った、肉の薄い肩に手を置いた。その肩は、少しだけ震えているようだった。 はじかれたように振り向いたルイズが、口を半開きにしたその顔のまま、痴呆のようにリキエルを見つめてくる。唾と生血の混じったものを嚥下して気道を広げてから、リキエルは歯をむき出すような、それこそ噛み付くような顔をして、ルイズを目だけで見返した。 「オレが……言うことじゃあないかもしれないがな、謝るんじゃあない。謝ってはいけないんだルイズ、お前は。こんな程度のヤツにはなァ……!」 そう言ってリキエルは、左足をほとんど引きずるようにして、危うい足取りでノロノロと歩き、ギーシュの造りだした剣の前まで来て止まった。惰性で、軽く体が揺れる。左半身は本当にガタが来ているらしく、まっすぐに立つことさえもおぼつかなかった。 「だ、だめよッ」 その背中を呆然と見送るだけのルイズだったが、酩酊したようなリキエルの動きを見て、そしてその動きの意図を察して、夢から覚めるように我に返った。 駆け寄って、ルイズはリキエルの右腕に組み付き、引き止める。傷を気遣って、ルイズは軽い力でそうしたつもりだったが、リキエルの身体は情けないほど簡単に、ぐらりと右側に傾いた。ルイズは慌てて、今度は支えるようにしてリキエルの腕を掴んだ。 「だめ! 絶対だめなんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ! へたすれば本当に死んじゃうわよ!? 立てるなら、話せるんだったら謝るのよ! それは恥にはならないわ、メイジに勝てる平民なんていないの! あんたはよく頑張ったわよ!」 「…………」 確かにリキエルが頭を下げれば、つまりこの場でいう、土下座も命乞いも厭わなければ、万事がそれに収まるかもしれなかった。それが、ギーシュの設けた決闘の決着であり、唯一の満足感でもあるからだ。 リキエルはそういったことに伴う強烈な屈辱や、降りかかってくる侮蔑も、身の危険の前では忘れるべきだと思っていた。つまらない意地を張って大怪我を負うくらいなら、その、特に強くもない安いプライドを切り売りして、保身に繋げる方がいい。諦めと逃避が身を守ることも、確かにあることだと思っていたのだ。 自分には何もないのだと、どうしようもないのだと、リキエルはそうして、本質的な問題からはずっと逃げてきた。繋がる先のない、無意味な逃避である。 ――笑われるのがいやで、学校から逃げ出した。自動車の運転にしてもなんにしても『まぶたが落ちる理由』! そこから目をそらすための方便だッ。それで失敗したりして、二言目には「なんの力もない」って言ってなァ~~。 それは、誇りや希望を知らなかったからだとリキエルは思う。誇りを持つことなど、できるはずもないと思っていたからこそ、希望の無い人生を延々送ってきたからこそ、そうやって逃げることも諦めることもできたのだ。 これもやはり、今は違う。穴倉の中で、リキエルは希望を見つけていた。それはごく間近にあるようで実際はとても遠く、手を伸ばしてもまるで届きそうになかったが、当然である。 動かない、動こうとしない人間が何かにたどり着くことが、何かを手にすることがあるわけもない。ましてや絶望に顔をうずめ、不安に身を突っ伏して、肝心なものに目を向けずに来た自分が希望を手にするなど、それこそおこがましいことだ。 動かなくてはならない。リキエルはそう思った。いつになるとも知れないが、今のように地を踏みしめて立ち上がり、希望を掴み取って、この穴倉から出なくてはならない。成長しなくてはならない。 そのためには、ここで退くわけにはいかなかった。今また逃げをうてば、もう二度とこの場所には戻って来られないだろう。前を見なければ、欠けた心のままで一生を生きていくことになるだろう。そんな気がした。 「勝てるだとか、恥がどうとか、そういうことじゃあないんだ。自分でもよくはわからないが、瀬戸際だ。後ろを向くだけで足を踏み外して、崖下に落ち込むような瀬戸際だ」 「わけわからないわよ! 何を言ってるの!?」 「だが、わかったこともある。オレにはなんの力もない。それはオレが一番よく知っていることだ。そうやっていつも喚いていたんだからな、喚いていただけだったんだからなッ! ……それが今わかったのだ。そうやって下ばかり向いていたんじゃあ、結局は自分で目を閉じているだけなんだってことが、いま理解できたッ!」 ルイズの顔から目を外してそう叫ぶと、リキエルは代わりにグググと視線を移し、ギーシュの顔を睨みつけた。その突然の気勢に圧される形で、リキエルの腕に絡みついていたルイズは、驚いたように拘束を緩めた。 真正面からリキエルの視線を受け止めるギーシュも、それは同じだった。ただ、ギーシュの場合は気圧されるどころではなく、自分でしたこととはいえ、目を背けたくなるほどにボロボロの人間が、この段に来て唐突に息を増して啖呵を切る異様さも手伝って、背には絶えず怖気が走っている。 気の抜けたように力なく腕にかかるだけになった、ルイズの痩せた細い指をやんわり外して、リキエルはギーシュを睨みつけたまま、今となっては体の中で一番しっかり動く右腕で、目の前に突き立っている剣を引き抜いた。 ◆ ◆ ◆ セコイア造りのテーブルの上でナッツをかじる、小さな自分の使い魔を横目に、オスマン氏は水ギセルをぷかぷかやっていた。ときどき世をはかなんだような顔になりながら、鼻毛を抜きにかかったりもしている。 身を投げ出すようにして椅子に腰掛けた姿は、なにごとか思案する風情があるようにも見え、あるいは、ぼんやりと暇を持て余しているようでもあった。鼻毛など抜いているあたり、少なくとも忙しくはないらしかった。 そんな鼻毛抜きにも飽きたのか、オスマン氏は水ギセルを咥えたまま、難しい顔で目を閉じて、軽く嘆息した。やはり、ただ暇を潰していたというわけでもないようである。 「……ふむ?」 ナッツがかじられる、かりかりという音がなくなったことに気づき、オスマン氏は目を開けて机の上を見やった。 使い魔のハツカネズミ、モートソグニルは、満腹になったからか、春の陽気にあてられたのか、無防備に腹などさらして寝転がっていた。その足元には、食べきれなかったらしいナッツが二つだけ残っている。それを手に取り、口に放り込んで咀嚼しながら、オスマン氏はモートソグニルをそっとすくい上げ、自分の服の袖の内に入れた。 丁度そのとき、ドアノブのまわる音がして、不機嫌そうに眉をしかめたコルベールが入ってきた。 「おおミスタ、ええと…………ご苦労じゃったな」 「コルベールです! 日になんども自己紹介をするような趣味は私にはありませんのでッ、いい加減にしていただけるとよいのですが!」 「まあまあ、落ち着きなさい。いい歳した大人がそうがなりたてることもなかろうに。君はこの部屋に来るときはいつも威勢がいいんじゃな」 「使用人でもないのに配膳の上げ下げなどさせられては、怒鳴りたくもなります!」 オスマン氏はそっぽを向いて、ボケた振りを始めた。 例の『伝説の使い魔』についての話をするにあたって、昼食は後回しなどと言っていたオスマン氏だったが、結局は空腹に抗いきれなかった。熱を持った舌で語られるコルベールの講釈を、昼休みが始まった途端、やれ胃が鳴いているだの背に腹が替わってしまうだのと、聞こえよがしに言ってぶつ切りにし、中断せしめたのである。 問題はそのあとだった。学院長室を動くのをおっくうがったのか、オスマン氏はコルベールに食事を運ぶよう頼んだ。それも「運んでくれなきゃ話は聞かんから」という、子供顔負けの我侭論法を使ったのだ。 これには温厚なコルベールも腹を据えかねたが、ガンダールヴについての説明は終わっておらず、しぶしぶ承諾した次第だった。そしてその不満が、今噴出していた。 「ボケた振りなどなさっても無駄ですッ。都合が悪くなるたびにそうすることはわかってるんだ!というよりオールド・オスマン、こんな方法でワガママを通してあなたは子供ですか!」 「しかしじゃな、腹が減ってはなんとやらとも言うではな――」 「言い訳はけっこうです! 私が言っていることはですな、なぜ話を中断させられた上に食事運びまでさせられねばならないのかという……聞いているのですか! オールド・オスマン!」 半分くらいは聞いておる、と心のうちで弁解しながら、オスマン氏は再度ボケた振りを始めた。コルベールのお小言が終わるまでは続ける腹積もりである。 そうして、不毛な膠着の気配が濃くなってきたあたりで、ドアがノックされた。いささか激しい勢いで、用件はそう軽いものでもなさそうだと、オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「オールド・オスマン、よろしいでしょうか」 扉の向こうから聞こえてきたのは、普段に比べてもいくらか固いロングビルの声だった。奇しくも、昼前のやりとりとは正反対の状況が出来あがっている。 オスマン氏が聞き返した。 「なんじゃ?」 「ヴェストリの広場で、生徒による決闘が行われています」 「まったく、子供は力があり余っとる間は碌なことをせんな。で、誰が暴れておるんだね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。その相手ですが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの召喚した……使い魔の男です」 室内の二人は、また顔を見合わせた。件の『ガンダールヴ』が決闘をするとなれば、捨て置ける類の話ではない。生徒の決闘と聞いて、ほんの一瞬生じた気の緩みが、また瞬時に引き締まるのを、二人は感じたようだった。 平静を装った声で、オスマン氏は返した。 「グラモンとこのバカ息子か、おおかた女の子がらみのいざこざといったところかの。じゃが、それがどうしたのかね? その程度の問題であれば、教師がちょいと杖を振ればカタがつくとしたものじゃろうて」 「それが、大騒ぎになっているようで、生徒による妨害も予測されています。教師たちは『眠りの鐘』の使用許可をと」 「アホか、たかが子供のケンカで秘宝を使うなどと。放っておきなさい。いざとなれば、それこそ杖を振れば事足りる」 「……わかりました」 規則的でよどみのない足音が遠ざかっていくのを聞きながら、オスマン氏は浅く椅子に腰掛けた。そのしぶくなっている顔に、コルベールが緊張した面持ちで視線を流す。オスマン氏は、わかっているというふうに手で返事をして、懐から杖を取り出した。杖が部屋の鏡に向けて振るわれると、鏡面にヴェストリの広場が浮かび上がった。 鏡からうかがえる広場の様子に、コルベールは息を飲んだ。 予想以上に多くの生徒が広場に集まっていたこともそうだが、なによりも使い魔の男のありさまに閉口していた。男はミス・ヴァリエールに支えられているようだが、それでも立っていられるような状態には見えなかった。どころか、あれは通常ならば意識を保つことすらできないほどの、下手を打てば致命傷にもなり得る手傷ではないのか。 「オールド・オスマン、これは!」 「……むぅ」 「このままではあの平民、手遅れになりますぞ。私が行って、止めてきます」 「そうじゃな、頼まれてくれるか……いや、ミスタ・コルベール!」 早くも杖を取り出し、ドアノブをまわしていたコルベールだったが、声を荒げたオスマン氏に驚き振り向いた。そして、なにごとかと鏡に目をやって、また息を飲んだ。 ◆ ◆ ◆ 安く荒い布を擦り合わせるような、微かな音がしている。地面を浅くえぐりながら引きずられる、剣の切っ先から生まれた音である。それは常の姿を取り戻した広場の静寂に、薄く広く染み込んでいく。静かな中に、剣先が小石を散らす音がときどき混じり、その一瞬だけはほんの少し空気が震えた。 ――体が……。 軽くなった気がする。リキエルはそう思った。痛みこそないものの、強烈なだるさで使い物にならなかった四肢に、うまく力が入るようになっていた。ただ、数瞬でも気を抜けばその力も抜けていく。折も折で緩みそうになった腕に力を入れなおし、リキエルは剣を握り締めた。 剣を引き抜いたのは、それで闘おうと思ったからではなかった。まともに振り回したことのある凶器はといえば、野球のバットくらいのもので、刀剣などと使えもしない武器ならば、いっそ心許ない自分の歩みのために、杖にしようと思ったまでだ。今はギーシュのところまで歩きとおせれば、それでよかった。 歩きとおして、殴るのか蹴りつけるのか噛みつくのかは、三の次四の次だった。歩きとおせるのかどうかも、実はどうでもよいのかもしれなかった。逃げずにいられる最も単純な方法が、進むことだというだけなのである。 そういった心積もりでいるので、この体の状態はリキエルには都合がいい。これが噂の、アドレナリンによる交感神経の興奮かと、リキエルは埒もなく感心した。 ――言いえて妙ってやつだなァ~『闘争か、或いは逃走か』のホルモンだったよな? ただ、そうやって物思いに耽っているのは、頭の片隅のどこかにあるごく小さな場所だけで、リキエルの意識の大部分は、やはりギーシュへと向いている。 10メートル程だろうと、リキエルは自分とギーシュとの距離を目算で測っている。この距離を詰めるのだと改めて思うと、リキエルの気持ちは妙に昂ぶり、足運びもにわかに力強くなった。ゴールを間近にした、競走馬の心境に近かいものがある。 「こんな程度とはご挨拶だったな、君。だがいくら威勢のいい口を利いたところで、君はそんな状態だ。手負いの獣は危険というけれど、本当に危険なのは手負いにしたと思い込む油断だと思うね。僕は油断しない」 杖を振って、三体のゴーレムを自身の前に展開させながらギーシュが言った。言葉と裏腹に、余裕のない声だった。うっ血や出血、打撲に骨折でボロボロの人間が片足をひきずりながら、にも関らず普通の人間と変わらない勢いで歩いてくる姿が、ギーシュの余裕や気勢を萎えさせていた。やりすぎたかもしれないという気が、今さらながらしてきたようでもある。 それでもどうにか気を張って、いつでもゴーレムを突撃させられるよう備えながら、ギーシュはリキエルに呼びかける。 「だから、ここいらでやはり手を打とうじゃないか。僕は殺すまでするつもりはないんだ」 「…………」 「君はルイズの使い魔でもあるしね、最後のチャンスだ。今、ちゃんと謝れば――」 「説得しているつもりか? それなら無駄だな、冷蔵庫の扉開けっ放しにするのより無駄なことだ」 「……なんだって?」 「引くつもりはないと言ってるんだ。お前だって、わざわざ止まらなくていいぞ。無駄なんだからな、そんな人形を何体出そうと、どんな魔法を使おうとよぉ~~っ」 いったい単純な性格をしているギーシュは、自分の魔法を揶揄した言葉を受けて、簡単に怒りを露にした。意識的に偉ぶらせた顔に、みるみる朱が差していく。 ギーシュは肩を怒らせて杖を振り上げると、乱暴に振り下ろした。薔薇の造花の残った花弁が全て散り、丁度そのとき吹いた久しぶりの風で、数枚が飛ばされていった。落ちた花弁は、うち四枚が青銅のゴーレムに変わった。七体のゴーレムが、ギーシュの全力である。 十歩ほど後ろに下がると、一体だけそばに置いて、ギーシュは無言で六体のゴーレムをリキエルに差し向ける。一度萎え落ちた気勢が、闘争心とともに戻ってくるのを、ギーシュは実感していた。 気勢は怒りが運んできたもので、闘争心は失われかけた余裕が変じたものらしかった。本気で「決闘」をする気になっている自分に、ギーシュは疑問を抱かなかった。 闘いの空気とでもいえばいいのか、異様な緊張感が、霧のようにヴェストリの広場を包み込んだ。重く張り詰めた空気は静寂を塗りつぶし、ギーシュとリキエルに纏わりつく。 二人を中心に、さらに重苦しい空気ができあがる。二つの空気が、しだいに近づき合いぶつかり合い、音を立てて震えるのを、周囲の生徒たちは聞いた気がした。 ――時間はないぞ。 冷静にゴーレムの動きを観察しながら、リキエルは思った。 痛みこそないが、体中の傷が消えたわけではなく、軽くなったものの、根本的に動かない部位も多かった。左足などは重心をかけすぎると、体重を支えきれなくなって予想以上に体が沈んでいく。遠からず動かなくなるだろう。そうなれば、進めなくなる。 いま突然に勢いを増して突っ込んできたゴーレムよりも、緩やかに迫ってくるその後続などよりも何よりも、リキエルには止まることが怖かった。どんな魔法も無駄とは、そういうことだ。歩みを止める全てのものが、今のリキエルには無駄だった。 ――どけなきゃあいけないよなァ……。路上の上に避けて通れない犬のクソが転がってるのなら、そんな邪魔で無駄なものは、どけなきゃあならないよなァアアアアアッ! 荒い動きで、リキエルは地を蹴った。先頭のゴーレムとの間がするすると縮まって、青銅でできた無機質な顔と、無残に崩れた血まみれの顔が、触れ合うかというほど近づく。 ゴーレムが伸び上がって上体を反らし、そこから拳を打ち下ろした。落ちかかってくる一打を、リキエルは瞬きもせずに凝視した。ゴーレムの指の一本一本が確認できて、中指の先だけ色がくすんでいるのも、小指と人差し指の大きさが同じであることもはっきりと見て取れた。 ――ギーシュ、お前の所へ行くぞ、もっと近づくからな。 寸前にゴーレムの拳が迫るのを認めてから、リキエルは体をひねって、殴りつけるようにして腕を振るった。実際に殴り飛ばしてやるという気で、肘から先だけで放った無造作な一剣である。 あえて後手に回ったのは、格別の意味があってのことではなく、かといって心にゆとりがあったわけでもなく、後に攻めても先に打ち込んでも変わらないという、確信めいたものがあるためだった。存分に力を篭めるためだけに、リキエルは後手に回ったのである。少なくとも、後の先の剣といった華麗な動きではなかった。 「無駄ァ!」 そんな出鱈目で足配りも構えもない無法な一撃が、ゴーレムの胴から上をさらっていった。 これを見、ギーシュは肝を冷やしたが、広場の人間の口々からは、おおという喚声が上がった。形といわず迫力といわず、割れた鏡のように鋭利な緊張の中にありながら、思わず人が見惚れるほどに鮮やかな一撃を、リキエルはわれ知らず放っていた。 そこからは見事の一言で、見る間に二体のゴーレムをやはり肘から先だけでなぎ払い、それで開けた空間を無理に縫って、リキエルは身体を右に傾ける姿勢で半楕円を描いてギーシュに殺到した。そうしたほうが走るのに楽で、つまりは左足が、いよいよ危ないのだ。 「グッ! ゥウウウ……!」 と、その左足が何かに強く払われた。咄嗟に見れば、ゴーレムの腕だけが地面から生えていて、それが足を殴りつけたものらしい。ちょうど右足を軸に踏み込むところだったリキエルの身体は、前のめりに傾いでいく。ほとんど目と鼻の先で、ギーシュが喚いている。 「油断はしないと言ったんだ! 僕は余計に花弁を落としたわけじゃあはないぞ。まさかとは思っていたが、君がここまで来たときの保険だったんだ! 少し観察していればわかるが、その左足の負傷では、一度倒れればもう立てないだろうしな!」 真実その通りだった。リキエルの目の前にあと一体、ゴーレムが控えている。 リキエルがこれまでのゴーレムを捌けていたのは、進む勢いと踏み込みがあったからで、あとは単純な力技だった。その力技も、握力が少しづつ抜けてきているのがわかり、そう続くものでもないと悟ったからこそ、リキエルは数体のゴーレムを無視してでもギーシュに迫ったのである。倒れれば、勢いも乗せられなければまともに剣も振れなくなる。先ほどのように眼前のゴーレムに叩き伏せられて、終わる。 運よく控えたゴーレムを除けたとしても、残したゴーレムが追いつく。そうなれば、もう勝負はつく。誰の目にもそれは明らかだった。 しかしリキエルの見ていたものは、違った。顔にはただ静かなだけの色があって、固く微動だにしない意志があらわれていた。 首を傾けて、リキエルは呟いた。 「動物は走るとき、後ろに残す足で地を蹴って、一瞬だけ跳んでいるよな。特に二足歩行の人間なんかはな。跳躍力を大きな推進力にして、前に進んでいるのだ」 「なにを言い出すんだね?」 聞きとがめたギーシュは、心底いぶかしく思って聞き返す。 「倒れかけで、進むも何もないだろうに」 「そしてその跳躍力を跳ぶためだけに使って、人間は色々なスポーツ競技を行う。例えば走り高跳びだ。キューバのソトマヨルは、史上初の8フィート越えで圧倒的な世界記録を作ったッ」 「イカレちまったのか? いや、これは……ッ」 よくよくリキエルを見返して、ギーシュは気づいた。リキエルは、倒れるに任せて倒れているのではなかった。足を曲げて、自分から体を沈めていた。ギーシュはそんな場合でもないだろうに、尻尾だけで跳ね上がる蛇の姿を連想した。 蛇が目を剥いて、ギーシュの顔をまた睨む。 「どんな方法でもとるぞ、進むためならばどんなこともだ! 今のオレにはそれができる!」 狂ったように叫びながら、リキエルはまたぎ跳びに跳躍した。 「何をヲヲヲヲヲ!?」 無茶で、無理な跳び方だった。踏み切りも空中での姿勢も、およそ競技者のそれとは比べ物にならない不恰好である。だが、跳躍の軌道は間違いなくゴーレムの頭上を飛び越えていて、そのまま行けば、ギーシュに直撃するものと思われた。 大怪我人の動きではまるでなかった、常識はずれのその動きに、観衆は何度目とも知れないどよめきを発した。どよめきのなかにはギーシュの敗北を予感し、リキエルの勝利を予見し、そのことに二重の意味で嘆ずる色もあった。 リキエルの跳躍は最高位に達し、広場の興奮も最高潮に達した。そのためか皆が皆、まるで時が止まったような感覚に陥り、リキエルやギーシュの姿も、完全に静止したように目に映った。そしてそれは、あながち皆の錯覚でもないようだった。 リキエルは本当に止まっていた。だらりと腕を下げた格好で、空中に静止している。懸崖から打ち下ろされるはずだった必殺の剣は、力なく揺れるだけで、光を返すことさえない。 「なん、なんとか……なんとかだが、まにあったぞ」 あとじさって、どもりながら言ったのはギーシュである。突き出した杖は微かに震えていたが、杖の先は、リキエルに向いたまま動かなかった。ギーシュは大きく息を吐いて、ある程度整えてから続けた。声には、隠しようもない安堵があった。 「そんな怪我で、しかも片足だけで、あまつさえ僕のワルキューレを跳び越えるような動きをするとはね、焦ったよ。この『レビテーション』にしたって、正直まぐれだった」 「……」 「だが、止まったな。君の負けだ、参ったと言うんだ。ここまでメイジを追い詰めたことへの敬意もある、やはり殺すまではしたくない。僕は十二分に気が済んだ」 「……右腕がよぉ~、肩より上がらないんだ。最初にこの剣振った時に気づいたんだがな。だから腕だけで剣を使ったんだが、筋肉まで駄目になったらしい。指とかの感覚もなくなってきた」 どこを見ているのかよくわからない顔で、誰に言っているでもないような態度で、リキエルはとりとめもないことを言っていた。その声に諦めや観念の気配がまるでないことを察して、ギーシュは眉をひそめた。そして急に顔を引き締めると、下ろしかけていた杖をまた突き出した。勝利を確信していて、意識することをついやめていたが、場の空気がまだどこか張り詰めた感じを残しているのに、ギーシュは気づいたのだった。 一度ため息をつくような顔をしてから、リキエルがギーシュに顔を向けた。見下ろされる形になったギーシュは、そこに異様なものを見た。だいぶわかりにくいが、リキエルは皮肉るような顔で微笑んでいた。 「肘から上だったら、左腕のほうが動くくらいなんだ。……ところでこの魔法は、さっきも使っていた魔法だよなギーシュ? だよな? この剣を浮かせていた魔法だろ?」 「そのとおりだ……でもそれがなんだって言うんだい?」 なぜこんなことをリキエルが聞いてくるのか、ギーシュにはわからなかった。 二人の距離は近いが、剣が届くような場所に立つほどギーシュも間抜けではなく、そのためにあとじさっておいた。肩が上がらず、剣を握るのがやっとというリキエルの言葉に嘘がなければ、剣を投げて飛ばすことも難しいはずで、その気配があっても、レビテーションでさらに浮かせて狙いを外させればよかった。リキエルに、この状況で何ができるのかわからない。『何をしだすか』わからないのだ。 肘から先がいやな形に曲がった左腕を掲げ上げ、その手のひらが空を向くように上腕と肩をひねりながら、リキエルが不適に言った。 「寝転がってる間に、ひとつ見つけていた。その魔法の特徴を、決定的な特徴をなァ~」 「特徴だって? 弱点ならわかるが……君、何をしてるんだ?」 夢見るような顔になったリキエルに、ギーシュは問いかけた。リキエルは左腕の手首に、剣の腹を押し当てていた。 「『集中する』ってことは本当に大切だよな。この魔法は、集中して使わないと効果が切れるんだろ? 剣がオレのそばに突き立ったとき、お前は動揺していたな」 「質問に質問で返すなァ――! 何をしているのかと聞いてるんだッ」 「集中を乱しかけたな……。勘の悪いお前はわからないようだな……。この剣を見ても、オレがどんな行動を起こすか見当もつかないらしいな!」 言い終えるより先にリキエルは行動していた。手首に当てていた剣の刃を立て、真横に素早く引き切る。なんのことはない、単純な動作だった。 次の瞬間、その所作に目を見開いたギーシュの視界が、赤一色に染まった。 「わ!」という声とともに、ギーシュは目を閉じ、顔を押さえた。ぬらりと気味の悪い感触が指先にして、慌てて目を開けようとすると、その気味の悪いものが目に入ってくる。驚いて杖を取り落としそうになるのをどうにかこらえた。 目の痛みと怖気で、ギーシュはパニックになりかける。 ――目を開けたい! なんだこれは。手の感触をぬぐいたい! この水みたいな感触は。ハンカチを出さないと! この鉄みたいな臭いは。どのポケットに入れたっけ!? まさか血か!? 目を開けさせてくれ! 血の目潰しだって!? レビテーションが! 正気の沙汰じゃないぞ! 解けてしまった! 「突然目が見えなくなるのは、怖いよなァ」 聞こえてきた声と草を踏みしめる音は、浴びせかけられる冷水のようで、ギーシュの頭は一瞬でさえ渡った。パニックになっている場合ではないと思った。目の周りで固まりはじめている血を、シャツの袖でぐいとぬぐった。 目を向ければ、大きく胸を喘がせたリキエルが佇んでいた。左手首からは止め処もなく血が流れ落ちている。顔色はいったいに蒼白で、死相というべきものがあらわれていたが、その表情はギーシュがこれまで見てきた人間の中の、誰よりも生き生きとしたものだった。 のどを鳴らして唾を飲み込み、ギーシュは身を硬くしたが、リキエルに杖を突きつけることはしなかった。静かな空気が、今度こそ勝負のついたことを告げていた。 「『ここまで』近づいた。……だが、人間ってのは限界があるなぁ。どうやら『ここまで』だ。もう指の一本も動かせないんだ……」 リキエルは無手だった。剣は足元に転がっていた。 満足そうな顔で、リキエルは言った。 「『敗北』……だ……オレの」 よろめきもせず、リキエルは仰向けに倒れた。襤褸切れのようになって横たわる体を、昼下がりの春日が照らした。 負けたことへの抵抗や屈辱といったものが、不思議なほどわかないことにリキエルは気づいている。これで終わりかと思うと、少しだけ寂しいような感じがしたが、それも感じる端から、大きな満足感のようなものに飲まれていった。 ――空が目の前にある。 リキエルはふとまた思った。奇妙なことに、今度はそれに納得がいった。 目をしばたくと、その理由がわかった気がした。目が、両目とも開いていた。それはなにも初めてのことではない。ごくごくまれなことで、ほんの少しの間だけだが、そうなることはあった。ただ、意識してまぶたが上がることはなかったのである。 ――それが……。 今は自分の意志で上がる。今に限られたことなのかもしれないが、リキエルにはそれでもうれしかった。できることなら、ずっと目を見開いていたいくらいだ。しかしそう都合よくいかないことは、リキエル自身わかっていた。 体が熱くなって、意識が朦朧としてくる。五体を襲うその灼熱の感覚は、日の光によるものではなく、痛みが戻ってきたものだった。 視界が一瞬だけ明瞭になって、すぐにぼやける。痛みが次第に薄れていって、代わりに、叩きつけるような眠気が意識を抑え込んでくる。 桃色のブロンドが視界に入ったときには、既にリキエルの意識は途絶えていた。 ……リキエル(ゼロのルイズの使い魔) 全身の打撲といくつかの複雑骨折、および頭蓋骨陥没や失血等々により ――再起不能 TO BE CONTINUED